小春日和

敏感な私の学校生活と日々のこと

変わるチャンス

最近、悲しいことがありました。

たくさん泣いて、たくさん悲しんで今では回復しています。

 

最初の方は、感情が消えたって自分で思ったほど何も感じなくなってしまいました。

「無」の状態がずっと続いてるようでした。

 

考えたくなくても、考えてしまう

泣きたくなくても泣けてきてしまう

辛かったです。

 

でも、「時間が解決してくれる」という言葉の通り、だんだん日が経つにつれて元気になっていきました。

 

一人だけで回復したわけではありません。

家族や友達、学校の先生、病院の先生

いろんな人に助けてもらいながら回復しました。

ほんとに、ありがとうの気持ちでいっぱいです。

 

この悲しい出来事で学んだことはたくさんあります。

悲しかったけれど、私には必要なことでした。

 

私は、「自分の意見に共感してくれる人が多くいる環境なら変わることは出来ない」と思いました。

この出来事で学んだことです。

 

自分の意見に賛成、共感してくれる人ばかりの環境は居心地が良いと思います。

けれど、成長はできません。

 

これまで学んできて掴んだものや、自分自身が得意と思うようなものを反対、批判されると

腹が立ちますよね。

 

私も今回、自分の良いところだねって言われ続けたものや自分が良いとしてした事を批判されてしまいました。最初は酷い人と思っていました。

けれど、私は、変わるチャンスをもらったんです。

慣れてしまったものや今までのやり方を、手放したくはありません。それに、その方法以外知らないから。

 

けれど、私が悲しみの連鎖を断ち切れたのは

少し考え方を変えれたからです。

 

「自分の意見に共感してくれる人が多くいる環境なら変わることは出来ない」

 

そう思えるようになったからです。

 

もし、自分の意見を反対する人や共感してくれない人がいた時、悲しいし腹立たしいけれど

少し考え方を変えてみてください。

 

私が成長するチャンスを与えてくれていると。

生きやすくなるヒントが待っていると。

 

 

慣れたものを手放すことは怖いことです。

けれど、新しく気づき、学んだ自分自身の材料でまた生きやすくなります。

 

嫌なことも、悲しいことも私にとって必要なことでそれがあったから、生きやすくなりました。

 

悲しかった、悔しかった。

けれど、最後に良かったなぁって思えることが出来て嬉しいです。